風と共に去りぬ – 紹介
映画「風と共に去りぬ(Gone With the Wind)」は、1939年に制作・公開され、アカデミー賞で作品賞を含め8部門を受賞した名作映画です。当時ベストセラーになったマーガレット・ミッチェルの同名小説を原作としています。
知らない方のためにストーリーをざっくり言うと...、アメリカ南部ジョージア州の農場主の娘スカーレット・オハラ(演 – ヴィヴィアン・リー)と、その周囲の人々の激動の半生を描いた大河ドラマです。南北戦争によって大きく変わる南部の人々の生活や、スカーレットの恋愛を中心に物語は展開します。
学校の歴史の勉強で学んだことは、奴隷制に反対するリンカーン大統領率いる北部諸州が、奴隷制の維持を主張する南部諸州を南北戦争で破り、ついに奴隷制が廃止された、というものです。が、「風と共に去りぬ」は南部の人々(白人)の視線から南北戦争とその後の社会を描いている点で、とても興味深くなっています。
今見返すと、登場する黒人は揃って裕福な白人に仕える奴隷ですし、スカーレットの周囲の人達は皆奴隷制度を肯定しています。黒人が奴隷制に不満を持っているような描写もなく、逆に、戦後に黒人が北部へ行ったものの、黒人に対する扱いが酷くて、南部に戻ってきたような描写がありました。また、映画冒頭のプロローグでは、 奴隷を使用したプランテーションで成り立っていた南部を「Romantic yesterday」、奴隷制に反対し工業化を進める北部を「Industrial tomorrow」と表現していて、あくまで南部白人の目線からRomantic な過去を懐古しています。
確かに現代の視点からは色々と問題がありそうですが...既に書いたように、今の尺度を当てはめて過去に蓋をしてしまって何かの解決になるのかな、と思います。それに、映画が伝えようとしているのは一人の女性の生き様であり、人種差別の問題ではないと考えています。この映画はアメリカ映画史上に残る金字塔でしょうから、何らかの注釈(人種差別的描写への避難など)を入れるようにしてでも、今後も観られるようにしてほしいものです。
風と共に去りぬ – 感想
ちなみに私は、これまでに観た映画で一番好きなのは何かと聞かれたら、今でも「風と共に去りぬ」をその一つに挙げます。最初に観たのは高校生の頃でしたが、この壮大な映画が自分のアメリカへの興味や憧れを掻き立てるきっかけの一つになったように思います。映画自体はもちろん、映画製作にまつわる様々なエピソードも私は大好きです。Intermissionを挟んで計4時間近くの長編ですが、最初はレンタルビデオで、それからテレビ放送で、古典名画の映画館で、何度観たかわかりません。(ちなみに、原作の小説は読んでいません。)
色々な印象的なシーンやセリフがあります。一部を紹介すると...
前半のクライマックスには、戦場と化して炎上するアトランタの街をスカーレットが脱出するシーンがあります。このシーンを一番最初に撮影して資金を集めた、映画「キングコング」に使われた巨大セットを燃やして撮影した、その時点でスカーレット役はまだ決定しておらず、ロケを見学に来ていたヴィヴィアン・リーが抜擢された、などの逸話が残っています。
前半の最後には、実家のタラに戻って、戦争で全てが奪われ、母が死に、父も耄碌してしまったことを知ったスカーレットが、夕暮れの荒れ果てた畑に立ち、空に向かって叫びます。「たとえ人を騙し、盗みを働き、殺してでも。神に誓います、二度と飢えたりしません!(If I have to lie, steal, cheat or kill. As God is my witness, I’ll never be hungry again!)」
映画の最後では、夫のレット・バトラー(演 – クラーク・ゲーブル)が立ち去った後、絶望の中でスカーレットが「明日は明日の風が吹く。(Tomorrow is another day.)」と呟きます。とっても有名なセリフですね。どんな困難にあっても、明日に希望を持って生きるスカーレットのこの言葉で、映画はThe ENDとなります。
上記以外にも、個人的にとても印象深いセリフがあります。戦後、スカーレットはどん底から立ち直るため、事業に成功した男と好きでもないのに結婚し、女だてら事業に手を出し、憎き北部の人間とも商売をして、お金儲けに奔走します。そんなスカーレットに対し、親友のメラニー(演 – オリヴィア・デ・ハビランド)は、「あなたは、私達から全てを奪い、私達を苦しめ、飢えさせた人達と商売してるのよ。(But you’re doing business with the same people who robbed us and tortured us and left us to starve.)」と言うのですが、スカーレットは「全ては過去よ、メラニー。私は何でも利用する、相手がヤンキー(北部人のこと)でも。All that’s past, Melly. And I intend to make the best of things, even if they are Yankee things. 」と言い返しながら、お金を数えます。
端から見れば、スカーレットは本当にわがままで嫌な女なんですけど、人から何を言われても現実に立ち向かい、自分と家族、そして故郷のタラを守るという覚悟には、驚嘆というか、一種の憧れすら感じました。
自分に置き換えて考えてみると、アメリカで移民として生きていれば、やっぱり明に暗に嫌なことを言われたり、嫌な思いをすることもあります。特に、トランプ政権になって移民政策が厳しくなり、前よりも移民が生き辛くなっている状況があります。私の場合、自らの意思でアメリカに住んでいるので、嫌なら日本に帰ればいいだけなんですが、それでもここで生きる以上は多少の嫌なことも受け入れていかなければいけない訳で、そんなとき「ヤンキーですら利用して、生き抜く」というスカレートの強いセリフが心に響くのです。
こんなことを言うと、アメリカ人を恨んでいるように聞こえてしまうかもしれませんが、決してそういうことではありません!こっちで会った大半の人は、優しく思いやりのある人達です。(じゃなきゃ、とっくに帰国してる。)
と、最後は映画「風と共に去りぬ」の感想ブログのようになってしまいました。
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