4. 映画「キャバレー」
概要
映画「キャバレー」は1972年にMGMにより製作・公開されました。監督はボブ・フォッシー、主なキャストはライザ・ミネリ(サリー・ボウルズ役)、マイケル・ヨーク(ブライアン・ロバーツ役)、ジョエル・グレイ(MC役)などです。
興行的にも成功した上、同年度の第45回アカデミー賞では、監督賞(ボブ・フォッシー)、主演女優賞(ライザ・ミネリ)、助演男優賞(ジョエル・グレイ)など計8部門を受賞しました。
この年のアカデミー作品賞は「キャバレー」と「ゴッドファーザー」の一騎打ちだったようですが、結局「ゴッドファーザー」が受賞しました。相手が「ゴッドファーザー」ならしょうがないような気もします。
ただし、「キャバレー」は、作品賞を受賞しなかった作品の中でアカデミー賞最多部門受賞という面白い記録を持っているようです。それだけ高い評価を受けた作品だったと言えるでしょう。
この映画が公開された1970年代初頭、ミュージカル映画の隆盛はとうに過ぎ去っていました。
ハリウッドのミュージカル映画の黄金期といえば、やはり1940年代〜1950年代でしょうか。楽しい歌と踊り、豪華な衣装やセットで、現実を忘れさせ非日常の世界に誘ってくれるミュージカル映画が量産されました。
1960年代に入ってからも、今も人気のある大作ミュージカル映画「ウェストサイド物語」(1961)、「マイ・フェア・レディ」(1964)、「サウンド・オブ・ミュージック」(1965)などが製作されましたが、音楽や映画の在り方が変わる中、ミュージカル映画は下火になっていったようです。
そんな時代の流れの中で製作された「キャバレー」は、ナチスの台頭という暗い現実社会を背景にしながら、退廃的な快楽や性的な開放性を描いていて、従来のミュージカル映画と比べるとかなり異色な作品と言えます。
1960年代後期から、反体制的なテーマで直接的な暴力・性描写を含む映画、いわゆる「アメリカン・ニューシネマ」と呼ばれる作品群が作られる時代になって、リアリズム志向が強まった影響もあったのだろうと思います。
音楽の使い方も、全編にわたって歌や踊りが続くような典型的なミュージカルとは違い、「キャバレー」での歌のパフォーマンスはKit Kat Club内にほぼ限定されており、現実世界のストーリーは俳優達の台詞によって進行されます。その演出が、登場人物の心理、そして時代の移り変わりを効果的に描いていたように思いました。
あらすじ
舞台版の感想でも少し触れましたが、映画版のあらすじを舞台版との違いに絞ってまとめると、以下のとおりです。
- イギリス人の学生ブライアンがベルリンに到着し、キャバレー歌手サリーと同じ下宿に越して来る。
- ブライアンは英語教師として、フリッツという男性とナタリアというユダヤ人令嬢に英語を教える。フリッツがナタリアに恋心を抱く。
- フリッツは隠していたユダヤ人の出自を明かし、ナタリアと結ばれる。が、ナタリアの愛犬が殺されるなど、反ユダヤの不穏な空気が強まっていく。
- サリーとブライアンは、貴族でプレイボーイのマックスと知り合うが、マックスは二人を誘惑し、バイセクシャルの不思議な三角関係になる。やがてマックスは二人への興味を失い去っていく。
- サリーが妊娠し、ブライアンは一緒にイギリスに帰って子育てをしようと話すが、サリーは中絶する。ブライアンは一人でイギリスに帰り、サリーはベルリンに残ってキャバレーで歌い続ける。
感想など
サリー役のライザ・ミネリの演技と歌唱は言うまでもなく素晴らしく、彼女が主演だったからこそ本作はこれ程成功したのだろうと思います。最後の「Cabaret」の歌唱は明るさと力強さに溢れているのに、聞いていてどうしようもなく切ない気持ちになり、歌が終わった後も余韻が残ります。
また、Kit Kat ClubのMC役を演じたジョエル・グレイのコミカルかつ不気味な演技も凄みがあり、一度見たらしばらく頭から離れなくなります。
映画で一番印象に残ったシーンは、これも上記の感想で述べたとおりですが、「Tomorrow Belongs to Me」が歌われる場面です。
郊外のビアガーデンに出かけたブライアンとマックスは、一人の青年が美しい声でその歌を歌い出すのを聞きます。その青年はナチスの腕章を付けています。やがて、他のナチス党員が歌に加わり、演奏が徐々に行進曲調になっていきます。興奮を抑えきれないようにビアガーデンの客達も次々に歌に参加し、「Tomorrow Belongs to Me!」と大合唱します。
ブライアンとマックスはビアガーデンを後にし、去り際にブライアンは「Do you still think you can control them?(まだ彼らをコントロールできると思うかい?)」と尋ねます。
ナチスの台頭と反ユダヤ主義が徐々にしかし確実に民衆に広がっていく様を強烈に印象付けるシーンでした。
それから、マックスとの出会いを通してブライアンが自身の新たなセクシュアリティに目覚めていく様子も、この映画の見どころの一つと言えるでしょう。舞台版でもブライアンが男性ダンサーとキスするなどバイセクシュアルな一面が出てきますが、マックスが登場する映画版の方でより丁寧に描かれていると思いました。
とにかく、それ以前のミュージカル映画とは一線を画すこの作品。今の感覚で見ると高く評価されて当然のように思えますが、公開前はかなり冒険的な挑戦だったのではないかと想像します。
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