ミュージカル「GYPSY」は、ジプシー・ローズ・リーという実在したストリッパーの自伝をもとに制作されたミュージカルです。1959年にブロードウェイで初演され、それ以降各地で何度も再演されているようです。さらに、1962年には映画化もされています。
ニューヨーク・ブロードウェイでは、2024年12月にマジェスティック劇場で再演が始まりました。
2025年の第78回トニー賞では、ミュージカル部門のリバイバル作品賞、主演女優賞、助演男優・女優賞などにノミネートされていましたが、残念ながら受賞は逃しました。
調べてみると、この「GYPSY」はなんと「the greatest American musical of all time…」とも呼ばれているそうです!そんなミュージカルを今まで観たこともないのにミュージカル好きを自称していた自分が恥ずかしくもありますが、どんな点が素晴らしいのかも含めて観る前から期待が高まりました。
ところで、本作とは全く関係ない話ですが、放浪の民を意味する「ジプシー」という言葉は差別的なニュアンスを含むということで近年使われなくなっており、「ロマ」と言い換えられるようになっています。先日、何気ない会話の中で誰かが「ジプシー」という言葉を使ったとき、他の人から注意されていました。その人に差別的な意図は全くなかったようですが...。日本の歌謡曲の中でもタイトルや歌詞に「ジプシー」という言葉が入っているものがたくさんありますが(明菜ちゃんのシングルとか)、それもいずれ歌いにくくなるのでしょうか。
本作に関しては、原作者の名前(芸名)がジプシーなので、変えようがないかと思います。
1. 基本情報
作品名:GYPSY(ジプシー)
作詞:Stephan Sondheim
作曲:Jule Styne
脚本:Arthur Laurents
監督:George C. Wolfe
劇場:Majestic Theatre (245 West 44th Street, New York, NY)
観劇日時:2025年6月18日 午後2:00〜4:30
マジェスティック・シアターは、約100年前の1927年にオープンした歴史ある劇場です。約1700席を容し、ブロードウェイの劇場の中では比較的大きめです。2023年まで「オペラ座の怪人」が長い間公演されていたことでも知られています。
今回私の席はオーケストラの後方だったのですが、オーケストラ席の後方部分が傾斜になっていたので、思ったよりずっと見やすかったです。オーケストラ席前方はあまり傾斜がないように見えたので、後ろ側に座る方が案外見やすいかも知れません。


2. あらすじ
前半
1920年代のシアトル。シングルマザーのローズは、2人の娘をスターにしようと歌やダンスを仕込み、ヴォードビル(歌、踊り、寸劇、手品などの演目を組み合わせたショー)で各地を巡業している。明るく才能豊かな次女ジューンの方が舞台のセンターに立ち、控え目な長女ルイーズは脇役に回る。ローズは元エージェントのハービーという男をマネージャーにして、一緒に娘達を売り込む。しかし、成長して母親の束縛にうんざりしたジューンは団員の男と駆け落ちする。
後半
ジューンが去った後、ローズは長女ルイーズを舞台のスターにしようとする。時代の流れでヴォードビルは衰退し、彼らはバーレスク(ストリップやコメディを組み合わせたショー)に活動の場を移す。ローズはルイーズにストリップをさせようとするが、ハービーは失望して別れる。ルイーズは気が進まないながらも舞台に立つと、独自のスタイルを確立しながら次第に人気ストリッパーになっていく。やがてバーレスクの大スターになったルイーズは、もう母親を必要としなくなる。ローズは人生を振り返り、自分自身がスターになりたかった心の内を明かす。
3. 感想など
まず何といっても、主演ローズ役のAudra McDonald(オードラ・マクドナルド)の歌唱力、演技力に圧倒されました。最初の登場からクライマックスまでパワー全開で喋り続け、歌い続けるのですが、その熱量が会場全体にビンビン広がって、観る側にも体力が必要だと感じました。
中でも、最後の「Rose’s Turn」という壮大なナンバー(いわゆる「11 o’clock number」)では、ローズが娘達に捧げた人生を自身に問いかけ、本当は自分がスターになりたかったという夢を歌い上げるのですが、その歌唱が終わると会場はスタンディングオベーションになりました。
Audra McDonaldはブロードウェイを中心に活躍する女優・歌手で、過去にトニー賞を何度も受賞しています。深みのあるソプラノヴォイスに定評があるようで、本公演でもファルセット(頭声というのが正しいのか?)をかなり多用した歌い方をしていました。それでも歌声が力強さを失わない点はすごいと思いましたが、ローズ役の彼女の歌い方に好き嫌いはあるかもしれない、という印象も受けました。
Audraは現時点で54歳とのこと。舞台上ではもっと年上の強烈なおば(あ)ちゃんに見えました!
典型的なステージママの生き様を題材にしていて、比較的シンプルなあらすじなので、観ていて難しく感じるところは特にありませんでした。
どんな困難にあってもアメリカン・ドリームを力強く追い続ける主人公の姿、全編を通じて溢れているユーモアと笑い(個人的に、3人のストリッパー達が歌い踊るシーンが楽しくて最高でした)などに、本作が時代を超えて愛されてきた理由があるように感じました。
ところで、ステージママと言えば、日本では美空ひばりや宮沢りえの母親などが有名ですが、話を聞く限りではどちらもスター本人が母親を信頼していて上手く行った例だと思います。一方で、小役時代のエリザベス・テイラーはうるさい母親から逃れたがっていたという話を伝記で読んだことがあるし、本作のようにステージママの束縛に苦しんだスターもいれば、逆の視点でスターから必要されなくなり孤独感に苛まれたステージママもいたのでしょうね。
本作の最後にローズとルイーズが和解するのかしないのか?については、各公演によって演出が異なっていたようです。この公演でどうだったかは、ここでは書かないようにしておきます...。
音楽も素晴らしく、前述の「Rose’s Turn」の他「Everything’s Coming Up Roses」、「Let Me Entertain You」といった名曲の数々があります。60年以上も前に制作されているので、古き良き時代のミュージカルの響きを感じました。最近はポップ音楽を基にしたジュークボックスミュージカルを観る機会が多いだけに、余計そう感じたのかもしれません。
また、ミュージカル史を代表する巨匠Stephan Sondheim(スティーヴン・ソンドハイム)が、まだ若い頃に本作の作詞だけを担当したというのも興味深いです。
という訳で、迫力いっぱいの「GYPSY」。各地で何度も再演を繰り返しているところが、「the greatest American musical of all time」の一つとされていることを端的に示していると思います。
