ミュージカル「キャバレー」は、1966年にニューヨーク・ブロードウェイの舞台で初演されて以降、世界各地で再演が繰り返されています。映画の方も有名で、1972年にボブ・フォッシー監督、ライザ・ミネリ主演で製作され、アカデミー賞では計8部門を受賞しました。
現在行われているリバイバル公演「Cabaret at the Kit Kat Club」は、まず2021年にロンドン・ウェストエンドで始まり、2024年4月からブロードウェイに移って来ました。同年の第77回トニー賞では、ミュージカル装置デザイン賞を受賞しています。
大昔、まだ学生の頃に私は映画「キャバレー」を見て衝撃を受けました。その記憶と期待を胸に本公演を観に行ったのですが、映画と舞台でかなり違う点があることを知りました。その詳細については、以下の感想で述べます。
1. 基本情報
作品名:Cabaret at the Kit Kat Club(キャバレー)
作詞:Fred Ebb
作曲:John Kander
脚本:Joe Masteroff
監督:Rebecca Frecknall
劇場:August Wilson Theatre (245 West 52th Street, New York, NY)
観劇日時:2025年8月13日 午後2:00〜4:45

劇場に入ると、真ん中に円形ステージがあり、それを取り囲むように客席が設置されていました。まるで本作の舞台となるキャバレー「Kit Kat Club」に居るような気分にさせてくれます。
実際ステージに近いエリアはテーブル席になっていて、そこの観客は開演前にお食事やお酒を楽しめるようです。ちなみに、私は安い2階メザニン席から鑑賞しましたが...、センターステージなので基本的にどの席からもよく見えるようになっています。
入場時、係員が各観客のスマホのカメラレンズの部分にシールを貼っていきました。ショーの間はどの劇場でも撮影禁止ですが、こういった形で徹底した対応をする劇場は初めてでした。
と言うことで、劇場内で写真は撮れませんでしたが(シールは剥がそうと思えば剥がせるのですが、そこまでして撮る必要もないですし)、公式ホームページでこのKit Kat Clubのレイアウトを見ることができます。
2. あらすじ
前半
ナチスが台頭している1930年代初期のドイツ、ベルリン。キャバレー「Kit Kat Club」のMCが観客を盛り上げてショーを進行する。
アメリカ人作家クリフ・ブラッドショウがベルリンの駅に降り立つ。列車で出会ったドイツ人のエルンスト・ラドウィグはクリフに下宿を紹介し、英語のレッスンを依頼する。クリフはフロウライン・シュナイダーという女性が経営する下宿で生活を始める。
クリフはKit Kat Clubを訪れ、歌手サリー・ボウルズと知り合う。クラブをクビになったサリーはクリフの下宿に転がり込んでくる。共同生活をする二人はやがて恋仲になり、サリーは妊娠する。
同じ下宿に住むユダヤ人男性ヘア・シュルツは、フロウラインに思いを寄せている。ヘアはフロウラインにプロポーズし、二人は結ばれ婚約パーティーを挙げる。
エルンストはナチスの党員になっており、パーティーでヘアがユダヤ人だと知ると、フロウラインに結婚を思いとどまるように忠告する。出席者がドイツの愛国歌を大合唱する。
後半
フロウラインはヘアとの結婚に悩む。ヘアの経営する果物店の窓にレンガが投げ込まれる。結局フロウラインは婚約破棄を決め、クリフとサリーに婚約祝いを返す。
ベルリンに不穏な空気が広がる中、クリフはアメリカに帰って一緒に子供を育てようとサリーを説得するが、サリーは応じずにKit Kat Clubへ戻る。
クラブでクリフはエルンストと口論になり、彼に殴り掛かるが、逆にナチス親衛隊に殴られて引きずり出される。
クラブの舞台で、サリーはキャバレーへの愛と自由に生きていく決意を歌い上げる。
下宿に戻ったサリーは中絶したことをクリフに告げる。クリフは一人ベルリンを去ることになり、サリーはクリフの作家としての成功を祈る。
Kit Kat Clubでは、MCがいつものように観客を迎え入れる...。
3. 感想など
最初に書いたとおり、映画版を念頭に置いて舞台を観ると、登場人物、ストーリー、音楽が色々と異なることに気が付きます。
まず、舞台版ではアメリカ人作家のクリフがベルリンにやって来ますが、映画版ではイギリス人のブライアンという男性がやって来る設定になっています。(細かいですが、歌手サリーは舞台ではイギリス人で、映画ではアメリカ人という設定になっています。)
また、下宿の女主人フロウライン・シュナイダーとその下宿に住むユダヤ人ヘア・シュルツは、映画版には登場しないキャラクターです。その代わり、映画ではフリッツとナタリアというユダヤ人のカップルが登場し、二人の関係に反ユダヤ主義の動きが影響していきます。
更に、舞台版にないキャラクターとして、映画版ではマックスという裕福な貴族の男性が出てきて、ブライアン&サリーとバイセクシュアルな三角関係を楽しみます。舞台版でもマックスというKit Kat Clubのオーナーが出てきますが、筋書き上あまり重要な役ではありません。
音楽の点では、冒頭の「Willkommen」やクライマックスの「Cabaret」など、映画・舞台で同じ曲がいくつか使われているものの、舞台版でのみ使用され映画版ではカットされた曲も多いようです。
私が一番気になった違いは、ドイツへの愛国心を謳う「Tomorrow Belongs to Me(明日は我らのもの)」という歌の使われ方です。ナチスの台頭を象徴する場面として、舞台版では前半にキャバレーやパーティーで歌われるのですが、映画版では郊外のビアガーデンでナチスの青年が歌い出し、それに鼓舞された周りの客が次々に参加して大合唱になるという、とても印象的なシーンになっています。個人的に、舞台版の演出に物足りなさを感じてしまいました。
他にも細かい違いは色々あるでしょうが、映画を既に見た方はあまり先入観を持たず、舞台と映画は別物と考えて観劇する方が楽しめるかもしれません。
キャスト達のパフォーマンスは、迫力があり素晴らしかったです。
やはりクラブのMC役を演じるBilly Porterの存在感がすごく、どうしても目が行ってしまいました。Billyはミュージカル「Kinky Boots」のローラ役などで有名になった俳優・歌手です。ただ、もともとハスキーな声の人ではありますが、当日は声がかすれて高音が出しにくそうな時もあり、あまり調子が良くなかった?のかもしれません。
あと、主役のサリー(Marisha Walles)とクリフ(Calvin Leon Smith)が二人とも黒人の俳優さんだったので少し驚きました。もちろん人種がどうこうと言う訳ではなく、映画版でのライザ・ミネリやマイケル・ヨークの印象が強かっただけに、最初は違和感を感じてしまいました。Marishaの歌唱は迫力がありました。
舞台を観る前、最後は華々しく終わる方が後味がいいので、テーマ曲である「Cabaret」をサリーが力強く歌って終わるのかな〜と勝手に想像していましたが、実際は「Cabaret」の歌の後も話は続き、最後はクラブのMCの挨拶とドラムロールで不気味に終わりました。この後に続く暗い時代を暗示するように。
また、終幕後のカーテンコールでは、音楽は一切なくキャスト達が観客にお辞儀をして終わりました。何となく、本作の背景となる1930年代のドイツと、排外主義的な流れが強まっている現代のアメリカ(また世界各国)を重ね合わせて、我々に何かを警告しているようにも感じました。
退廃的で(下品で!)享楽的なキャバレーと、不穏な時代に突き進んでいく現実社会を対比するように描く本ミュージカル。観客を選ぶ作品かもしれないと思いましたが(13歳以上推奨となっています)、パワフルで見応えのあるパフォーマンスでした。
なお、本公演は2025年10月19日をもって終演される予定になっています。興味のある方はお早めに。

舞台版と映画版の比較に終始してしまいましたが...、次のページで映画「キャバレー」についても簡単に紹介したいと思います。
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